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大阪高等裁判所 昭和46年(う)988号 判決 1972年8月04日

控訴人 被告人

被告人 松本成一

検察官 碩巌

主文

原判決中被告人松本成一に関する部分を破棄する。

被告人を懲役三年六月および罰金五〇〇〇円に処する。

原審における未決勾留日数中一五〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、被告人と原審相被告人万野修、同丸山皓司との連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人滝井朋子作成の控訴趣意書および控訴趣意補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は、大阪高等検察庁検察官検事服部卓作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中事実誤認ないし法令適用の誤の論旨について。

所論は、まず、原判示第一の一の強盗強姦の事実について、

(一)本件財物取得行為は、いずれも被害者三代カヨ子の不知の間になされたものであるから、右財物取得行為と三代カヨ子に対する暴行、脅迫との間には因果関係が存在しない。よつて、本件財物取得行為は強盗罪の構成要件を充足するものではない。

(二)原判決は、「新都ホテル」において三代カヨ子が入浴中、腕時計一個、指輪一個、ネツクレス一個を対象として、被告人が万野修、丸山皓司と強盗を共謀した、との事実を認定しているのであるが、被告人が右万野、丸山とそのような共謀をした事実は存在しない。

(三)原判決認定の事実によれば、強盗の共謀は、被告人が姦淫した後、三代カヨ子が入浴中になされた、というのであるが、強盗強姦はいうまでもなく強盗が強姦することを予定した犯罪であるから、強姦終了後に強盗の犯意が生じた場合には、強姦罪、強盗罪の二罪が成立するのであつて、強盗強姦罪は成立しない。しかるに、原判決が被告人の所為を強盗強姦罪に該当するとしているのは、以上の点につき法令の解釈適用の誤および事実誤認があることによるものである。

つぎに、所論は、原判示第一の三の恐喝の事実について、原判決は、被告人が万野修、丸山皓司と共謀のうえ、金員を喝取しようと企て、被害者木村賢二から現金二万七〇〇〇円を喝取した、との事実を認定しているが、被告人は右万野、丸山から助勢を求められ、被害者が正当な対価さえも支払わないと誤解していたものであるから、被告人において不法の領得をなすべき意思はなかつたのであり、原判決はこの点において事実を誤認している。

というのである。

よつて、記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、

強盗強姦の事実に関する所論(一)について、刑法二三六条一項にいう強盗罪は、通常犯人が財物を奪取する意思で他人に暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧したうえ、その財物を奪取することによつて成立するのであるが、犯人が他の目的で他人に暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧した後、あらたに右反抗抑圧の状態を利用して財物を奪取する意思を生じ、その財物を奪取した場合にも同様に強盗罪が成立すると解するのが相当である。そして以上いずれの場合であつても、財物の奪取は、犯人自身が被害者から直接財物を奪取することによつてなされるのが典型的な事例であるが、これと趣をことにして、すでに反抗を抑圧された被害者が交付する財物を、その情を知りながら受領することによつて行なわれたり、あるいは反抗を抑圧された被害者がたまたま気付かない間になされたものであつても差支えないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、原判決挙示の関係証拠によれば被告人および万野、丸山は原判示第一の一記載の如き経緯で三代カヨ子を「新都ホテル」二階五号室に連れ込み、同女に対し同室に付置された浴室に入ることを命じ、同女はその言いなりに洋服を脱ぎ同室のテレビの上に置く際、原判示腕時計を右洋服の間に隠したこと、万野は同女が入浴中に右腕時計を奪つたこと、その後丸山、万野の順で同女を強いて姦淫した後、万野は抗拒不能に陥つている同女に対し原判示指輪、ネツクレスの交付を要求し、同女はやむなくこれらを万野に交付し、同人において受領したこと、そのころ同女は洋服を着ようとして右腕時計がなくなつていることに気付いたが、何時誰がとつたかについては知つていないことが認められ、以上の事実によると、万野の右財物取得行為がいずれも強盗罪に該当することは叙上説示に照して明らかであるといわなければならない。

つぎに、同所論(二)について、原判決挙示の関係証拠を総合すると、万野修は原判示第一の一記載の如く自動車内で三代カヨ子から一万円札一枚を強取し、「新都ホテル」においてホテル代を一万円で支払い、釣銭のうちから各三〇〇〇円を被告人および丸山皓司に分前として分配したが、被告人は当日万野が所持金のないことを知つていたことから、同人が三代カヨ子から奪つたものであることを知りながらこれを受取つていること、同判示の如く三代カヨ子を入浴させている間、丸山が同室のテレビの上に置いてあつた三代カヨ子所有の腕時計一個を探し、万野および被告人に「ええ時計や、貰ろとこか」と言つたのに対し、被告人が「そんなことをすると強盗になるぞ」と嫌味を言つたが結局、右腕時計は万野において処分することになり、被告人も万野が処分すれば分前を貰えるので、それ以上反対もせず黙つていたこと、そのころ丸山が万野に対し、指輪もネツクレスもあるからとつて処分することを告げ、万野もこれを了承したが、被告人は前同様の理由で黙つていたこと、その後万野は、丸山が部屋を出た際、被告人に対し「兄ちやん、丸山が時計を二万五〇〇〇円で買うたると言つているが、丸山は信用できないから儂が捌いておくわ」と話し、被告人はこれに対し「まかしとくわ」と答えたこと、右犯行当日の夜被告人、丸山、万野の三名がいつも溜り場にしている「丸十すし」の前に集つた際、万野は右腕時計、指輪、ネツクレスを捌いた分の分前であると言つて、被告人、丸山に対し各一万円を渡し、被告人はこれを受領していることが認められ、以上の事実を総合すると、被告人は、丸山、万野が前記腕時計、指輪、ネツクレスを三代カヨ子から奪取することを相談しているのを傍らで聞いており、右の犯行を認容し、暗黙裡にこれに同調したものと認めるのが相当であり、その際、被告人と丸山、万野との間に右財物を強取することの共謀が成立したものということができるのである。

さらに、同所論(三)について、原判決の認定する事実は、被告人は丸山、万野と三代カヨ子を強いて順次姦淫することを共謀のうえ、まず、被告人において、すでに行なわれた暴行、脅迫によつて抗拒不能の状態に陥つている同女を強いて姦淫し、同女が入浴している間に、被告人は丸山、万野と同女の所有する腕時計等を強取しようと共謀のうえ、万野において右腕時計を同女の知らない間に強取し、ついで丸山、万野の順で前同様抗拒不能の状態にある同女を強いて姦淫し、さらに万野が同女から同女所有の指輪およびネツクレスを強取したというものであるところ、万野が右腕時計を強取した段階では、未だ被告人ら三名の全員の輪姦の実行行為は終了しておらず、右三名共謀による右腕時計の強取の後に、なお丸山、万野において強姦の実行行為に及んでいるのであるから、その時点においてはじめて、被告人ら三名はいずれも「強盗婦女を強姦したるとき」に該当し、強盗強姦罪の刑責を免れえないものであり、これと被告人の前顕姦淫行為とは被害者が同一であることおよびこれらの所為が同一機会に引き続いてなされた一連のものであることから右両者は併合罪ではなく包括して強盗強姦罪の一罪が成立するものと解するのが相当である。(なお万野については、それらの所為に先立つて行なわれた現金一万円の強盗の所為も同様の理由により包括して強盗強姦罪一罪が成立することとなる。)所論は、専ら被告人の姦淫行為と万野による強取行為の先後の関係のみに着目して強姦罪と強盗罪の併合罪であると主張するのであるが、被告人ら三名の強姦終了後に強盗の犯意を生じた場合には右の結論は正しいけれども、本件はその輪姦行為中に強盗の犯意を生じたものであるから、叙上説示の如く結論を異にするのであつてその間に何等矛盾は存在しない。

つぎに、恐喝の事実に関する所論について、原判決挙示の関係証拠を総合すると、被告人は、原判示第一の二記載のような木村賢二の態度に立腹して同人を丸山の白タクに乗せたまま引き返してきた万野および丸山から「三人連れの客を料金一〇〇〇円という約束で八尾まで乗せて行つたところ、相手がごんたくを言つて金を払わんので、つれて来たから一緒に来てくれ」と聞かされ、それ迄の経緯の概略を知つたこと、そして被告人、丸山および万野は意思相通じ共謀のうえ、原判示第一の二記載如く木村賢二に対し暴行を加えたこと、そうしているうち被告人は万野、丸山が白タク料金の請求に藉口して木村賢二から金員を取ろうとしているものと考え、木村に対し「何故金を払わんのや」「一〇〇〇円位ですむと思うのか」と申し向け、万野において原判示第一の三記載の如く木村賢二のポケツトから金員を取り出して取得し、これを被告人に渡し、被告人においてこれを受領したこと、そして約一時間位後に食堂「安さん」において、右取得金を一人宛約六六〇〇円として被告人、万野および丸山において分配したことが認められ、以上の事実によると、被告人が木村賢二から白タク料金あるいはそれを上回る金員の支払を請求する意思を有し、万野および丸山と暗黙裡に意思相通じ共謀したものであることは明らかであり、そのために行使した手段が権利の行使として社会通念上一般に是認される程度を越えるものであることをあわせ考えると、被告人に原判示第一の三の金員の取得につき不法領得の意思があつたものと認めるのが相当であり、被告人の所為が恐喝罪を構成するものであることは明らかである。

してみると、前記認定にかかる各事実と同一の事実を認定し、被告人の原判示第一の一の所為を強盗強姦罪に、原判示第一の三の所為を恐喝罪に問擬した原判決の事実認定および法令の適用は正当であつて、その他所論にかんがみ記録を精査しても、原判決に所論のような事実誤認あるいは法令の解釈適用の誤があるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の論旨について。

よつて、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実取調の結果をも参酌して案ずるに、本件各犯行にいたつた経緯、動機、各犯行の罪質、態様および各被害結果に徴すると、被告人に対する原判決の刑も一応首肯できないことはない。しかしながら、被告人が原判示第一の一ないし三の各犯行において果した役割、被告人は犯行後原判示第一の一の被害者三代カヨ子に一五万円を、原判示第一の二および三の被害者木村賢二に二万円を弁償金として支払い、右被害者両名は被告人を宥恕し嘆願書を提出するに至つていること、被告人には道交法違反で罰金刑に処せられたことが四回あるほか、前科のないこと、被告人の犯行後の生活状況および家庭の事情など所論の被告人に有利な事由を考慮し、あわせて共犯者との刑の権衡という観点から考えると、被告人に対する原判決の刑はいささか重きに過ぎるものと認められ、原判決を維持することは相当でない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決することとし、原判決の確定した事実に原判決の摘示する各法条のほか、当審費用につき刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田亮造 裁判官 矢島好信 裁判官 松井薫)

別紙

(参考)(罪となるべき事実)

被告人松本は徳島県阿波郡市場町で出生し、同地の中学校を卒業した後上阪して、米穀店、製材所、工芸品店、食用油店、パチンコ店、自動車によるホツトドツグ移動販売業を営む会社等を転々とした後、独立して自動車によるホツトドツグ移動販売業を営んでいたもの、被告人万野は本籍地で出生し、同地の中学校を卒業後電気関係の会社、看板屋、運送会社等を転々とし、その間窃盗罪等を犯し、少年鑑別所に収容されたこともあり、暴力団相沢組に出入りしていたもの、被告人丸山は和歌山県那賀郡那賀町で出生し、同地の中学校を卒業した後、尼ケ崎市内所在の文具店に就職したが半年位で退職し、その後は大阪市内の運送店、自動車教習所等を転々とする間窃盗罪で少年院に送致され、その後再び窃盗罪を犯して懲役一年六月、四年間保護観察付執行猶予に処せられているものであるが、いずれも大阪市南区戎橋付近でたむろし、適当な客を見つけてはいわゆる白タクをやつていたところ、

第一、一、被告人三名は昭和四三年九月一八日午前五時三〇分ごろ、大阪市大正区南恩加島町六四番地先路上を乗用自動車に乗車して走行中、たまたま同所でタクシーを拾うため佇立していた三代加代子こと三代カヨ子(当時二二年)を認めるや、右自動車を運転していた被告人丸山において、同女を同乗させてその目的地まで送つてやろうと考え、同女の傍に同車を停車させたところ、被告人万野において、同女に対し強いて猥せつ行為をしようと企て、同車を降りて素早く同女を右自動車後部座席に押し込むや、被告人丸山が直ちに同車を発車させ、疾走中の同車後部座席において被告人万野が同女を同座席床上に押し倒して押えつけ、「じつとしておれ。じたばたすると目の玉をくり抜くぞ。」などと申し向け、被告人松本もこれに助勢し、同車助手席から手を伸ばして同女を押さえるなどの暴行および脅迫を加えて同女の抵抗を抑圧し、被告人万野は同女が右暴行および脅迫により抵抗不能の状態に陥つているのに乗じ、同女所有の紙袋の中にあつたハンドバツク在中の財布の中から現金一万円を強取し、さらに、被告人丸山が同市西区千代崎町一丁目一五番地の一新都ホテルに至るまでの間同車を一旦停車させた際、同車内において被告人三名は共謀のうえ、同女を強いて姦淫しようと企て、同日午前六時ごろ同女を同ホテル二階五号室に連れ込み、その頃同室において被告人松本が前記暴行および脅迫により畏怖し抵抗不能の状態に陥つている同女を強いて姦淫し、姦淫後同女を同室付置の浴室に入らせている間、被告人三名は共謀のうえ、同女所有の腕時計一個(時価八万二、五〇〇円相当)、指輪一個(時価五万八、〇〇〇円相当)、およびネツクレス一個(時価一万二、〇〇〇円相当)を強取しようと企て、被告人万野において、同室テレビの上に置いてあつた右腕時計一個を強取し、ついで被告人丸山が前記浴室において、被告人万野が同室ベツドの上で、前記暴行および脅迫により畏怖し反抗不能に陥つている同女を順次強いて姦淫し、さらに同被告人が右同様の状態にある同女から前記指輪およびネツクレス各一個を強取したものである。

第一、二、以下省略

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